『表現者』66号は

じつにタイムリーな刊行となりましたが、

もうひとつ、

じつにタイムリーな形で刊行された本があります。

 

大石久和さんと藤井聡さんの共著

『国土学〜国民国家の現象学』(北樹出版)。

 

51DBJ-A+nvL._SX339_BO1,204,203,200_

 

健全なナショナリズムを醸成・維持するうえで

「国土」というものが持つ重要性を論じたものです。

 

ここから想起されるのは

エドマンド・バークが『フランス革命の省察で書いた

次の一節。

 

地元に愛着を抱くことは、

国全体を愛することと矛盾しない。

いや、まずは地元を愛してこそ、

国という大規模で高次元のものにたいし、

個人的な事柄のごとく愛着が持てるようになるのだ。

 

 

41AIp-NzGIL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_

電子版もご用意しています。

 

地元への愛着は、

ふつう「郷土愛」と呼ばれます。

 

ならば。

地元への愛着の拡張として生まれる国家への愛着

「国土愛」と呼ばれて当然のはず。

 

愛国心には

ひとつ間違えると過度に抽象化され、そのせいで内容が形骸化する

という問題がありますが

国土愛に裏打ちされた愛国心ならば

それも免れるでしょう。

 

のみならず。

愛国心と国土愛との関連については

さらに興味深いエピソードがあります。

 

劇作家・評論家の山崎正和さんは1978年、

『地底の鳥』という芝居を書きました。

戦前の日本共産党における二重スパイ事件をモデルにした作品ながら

じつはヒントになる出来事があったとか。

 

山崎さん、イエール大学で教えていたことがあるのですが

ある日、新聞にキム・フィルビーという二重スパイの記事が出ていたのです。

 

フィルビーはイギリス育ち。

第二次大戦中は、イギリス政府の対独諜報活動の最高責任者でした。

ところが彼は秘密共産党員でもあり、

ソ連政府の指令で動いていたというのです。

フィルビーは戦後になってイギリスを脱出、

大陸経由でモスクワに逃れたとのこと。

 

ソ連では1990年、フィルビーの顔をあしらった切手まで発行されました。

冷戦終結後というのが面白いところですが・・・

 

それはともかく。

 

フィルビーを個人的に知っていた人が

たまたまイエールにいたんですね。

ノーマン・ピアソンという英文学者ですが

山崎さん、その方にお世話になっていた!

 

記事を読んだ数日後、

山崎さんはピアソン教授にフィルビーの思い出について聞きました。

ピアソンさん、

「機知と皮肉をまじえた口調で簡潔な人物像を素描した」そうですが、

そのあと、

こんな一言を付け加えたそうです。

 

つまり、フィルビーという男は、

すべての点で典型的な英国紳士だったよ。

たが、たったひとつ、

彼は自然の美しさというものに興味がなかったようだね。

(『地底の鳥』あとがきより。原文旧かな)

 

このフレーズ、

じつに意味深長ではないでしょうか。

 

二重スパイとは

愛国心を持っているふりをしながら、祖国を裏切る存在。

いいかえれば彼の「愛国心」は

本質的に虚構であり、形骸にすぎません。

 

そういう人物が

自然の美しさに興味を持とうとしなかった。

 

つまりフィルビーには

郷土愛や国土愛がなかったのです。

だからこそ二重スパイになったのかも知れませんが、

このエピソード、

国土への愛着こそが健全なナショナリズムの基盤であることを

逆説的に立証していると言えるでしょう。

 

『国土学』、お勧めです!

ではでは♬(^_^)♬