12月24日付の記事

「ブルークリスマス、または血が青かったら何なのさ」

でも書きましたが、

世の映画の中には

作品自体はイマイチだが、サントラ(つまり音楽)は素晴らしい

という例が少なからずあります。

 

思いつくままに挙げてみても・・・

 

「A.I.」(スティーブン・スピルバーグ監督、音楽ジョン・ウィリアムス)

「愛のメモリー」(ブライアン・デ・パルマ監督、音楽バーナード・ハーマン)

「パール・ハーバー」(マイケル・ベイ監督、音楽ハンス・ジマー)(※)

「東京戦争戦後秘話」(大島渚監督、音楽武満徹)

「プロメテウス」(リドリー・スコット監督、音楽マイク・ストライテンフェルト)

「スター・トレック」(ロバート・ワイズ監督、音楽ジェリー・ゴールドスミス)

「修羅雪姫」(佐藤信介監督、音楽川井憲次)

「風が吹くとき」(ジミー・ムラカミ監督、音楽ロジャー・ウォーターズ)

などなど。

 

(※)ただし主題歌「ゼア・ユー・ウィル・ビー」は別。

あれは「タイタニック」の主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」の完璧なパクリです。

 

ポップスのコンピレーション型スコアなら、

「ヴァイブレータ」(廣木隆一監督)

「砂丘」(ミケランジェロ・アントニオーニ監督)

あたり。

 

「ヴァイブレータ」のサントラCDなど、

映画と原作小説のどちらよりも素晴らしいと思っています。

青は藍より出でて藍より青し、というやつですね。

 

さて。

 

このリストに、非常に面白い例を追加しましょう。

コトリンゴさんが担当した「この世界の片隅に」のサントラです。

 

前にも書いたとおり、

アニメ映画版「この世界の片隅に」は、

野心的な企画であり、

本当に丹精込めてつくられているものの、

ちょっとしたエピソードを一話完結形式で重ねてゆく原作を

なまじ忠実に映像化しようとしたため

2時間の映画としての起承転結が弱く

かつ詰め込みすぎという仕上がりになっていました。

 

ついでに片渕須直監督の自己陶酔が

作品のインパクトを弱めてしまった感も強い。

 

英語のフレーズにならえば

NICE TRY, BUT NO CIGAR

(努力は買うけどハズしたね)

です。

 

というわけで、

原作を高く評価している私としても

サントラ盤はなかなか買う気になれなかったのですよ。

 

実際、映画を観たときには

主題歌「悲しくてやりきれない」の仰々しいアレンジに閉口したのを別とすれば

音楽は大して印象に残りませんでした。

 

どうしたものかと思いあぐねること数週間、

「ブルークリスマス」のサントラを買ったとき

店内に「この世界の片隅に」のサントラもあるのを見つけて

やっと決心して買ったわけであります。

 

ちなみにその翌日、

ブックオフ某店に行ってみたら中古品が出ていて、

しまった、もう1日待つべきだった! と思ったりもしましたが

それはともかく。

 

で、聴いてみました。

 

当初の印象は、やはりイマイチ。

美しいスコアだし、音もクリアーですが、

どこか平板単調です。

 

つまりは映画と同じような仕上がり。

まあ、映画のためにつくられた曲を

ほぼ劇中の登場順に収録しているんですから

当たり前と言えば当たり前なのですが。

 

こちらも NICE TRY, BUT NO CIGAR であったか・・・

 

と思っているとき、

あることに気づきました。

 

30曲目(全33曲)に収録された「みぎてのうた」の歌詞に

聞きおぼえがあるのです。

 

真冬というのに

生暖かい風が吹いていて

時折、海のにおいも運んできて

道では何かの破片がキラキラ笑う

 

・・・多少のアレンジは施されていますが

これは原作の最終話

「しあはせ(幸せ)の手紙」のナレーション。

それが歌われているのです。

 

興味がわいて、

照らし合わせてみようと

原作本の該当ページを開いたんですね。

 

ところが!

 

曲を聴きながら原作を読むと

ものすごく感動的なのです。

 

あなたなど この世界の

切れっ端にすぎないのだから

 

だからいつでも用意されるあなたの居場所

どこにでも宿る愛

どこにでも宿る愛

 

クライマックスにあたる

この箇所に来たときは、涙があふれました。

 

あ、もっとも。

「いつでも用意されるあなたの居場所」

原作だと反語になっているのにたいし、

ここでは文字通りの意味で使われています。

 

つまり原作だと

あなたは世界の切れっ端にすぎないのだから

居場所も本当はないかも知れない

だけど、愛はどこにでも宿る

だから生きてゆける

という感じなのにたいして

歌のほうは

あなたは世界の切れっ端にすぎないのだから

あなたの居場所はいつだって存在する

だから、愛はどこにでも宿る

だから生きてゆける

という感じなのです。

 

原作者・こうの史代さんのハードな視点(※)が

だいぶ甘くされているんですよ。

だいたい、赤文字で書いた要約

青文字で書いた要約を比べれば

後者には論理的な脈絡がないのは明らかでしょう。

 

(※)あの暖かみのある画風に騙されてはいけません。

背後の視点はハードです。

思えば映画版は、それをジブリ的キレイゴトに変えようとした感あり。

 

世界の切れっ端にすぎないから居場所がいつでも用意されるというのは

なぜそうなるのか、意味不明です。

 

しかし原作を読みながら聴くと

この欠点もみごとにカバーされる。

 

かくして

映画ではサッパリ感動できなかった私は

このところサントラ盤を聴きつつ原作を読み返し

感動にひたっているのでありました。

めでたしめでたし。

 

これもまた

どこにでも宿る愛の例でしょうね、きっと。

 

そんなわけで

「この世界の片隅に」については

映画にはあまりこだわらず、サントラCDつきで原作をじっくり味わうのがベストだと断言します。

これは本当に素晴らしいですよ。

 

ただし映画ができなければ

サントラCDが発売されることもなかったのですから

映画版にもちゃんと意味はあったのです。

 

ではみなさん、良いお年を!