昨日の記事では
現政権が最近掲げたスローガン
〈一億総活躍社会〉について、
ゆとりという発想をまるで欠いた
いかんともしがたく貧困な発想ではないか
と書きました。
思えばこの20年くらいは
日本社会がゆとりをどんどん失ってゆく過程だった
と言えるかも知れません。
デフレから抜け出せずにいるのですから
当たり前と言えば当たり前なのですが、
関連して非常に印象的だったのが
しばらく前、電車の中などでよく流れていた
劇団四季のディズニーミュージカル「リトルマーメイド」のCM。
CMの主人公は、まだ若いOL。
日々、会社で奮闘するのですが
さっぱり評価されずに悶々としています。
そのOLが「リトルマーメイド」を観に行って
感動で心が癒される・・・
とまあ、そういう内容なのですが。
ここでクイズです。
ミュージカルで心が癒されたあと
OLはどうしたでしょう?
1)彼氏と夜の街に去る
2)友人とレストランで盛り上がる
3)会社に戻って一人で残業する
なんと正解は(3)なんですよ!!
どうにも夢のない展開なのですが
若い女性こそミュージカルのメインの客層である以上
彼女たちの共感を呼ぶだろうと思わなければ
四季もこんなCMをつくるはずがない。
これが2015年の
〈輝く女性〉の姿なんですね。
ちなみに20年前の女性たちは
ミュージカルを観に行くにしても
もっとゆとりがありました。
1995年、劇団四季は初めてディズニーミュージカルを上演します。
演目は「美女と野獣」。
しかるにそのとき、ある女性作家(私の記憶が正しければ赤坂真理さん)が
新聞でこんなコメントをしたんですよ。
豪華な舞台だから、観終わったあとのごはんがおいしい。
この「ごはん」が自炊とか、
コンビニ弁当であるはずがないのは自明でしょう。
20年前、
女性たちはミュージカルを観たら、レストランに行くだけの
心理的・経済的なゆとりを持っていた。
ひきかえ「リトルマーメイド」CMのOLはどうか。
深夜のオフィス(天井の照明が消えていて、ヒロインのパソコンだけが光っている)で
一人、仕事をしているくらいです。
たぶん、ごはんもコンビニのおにぎりか何かで済ませたんじゃないでしょうか?
この光景を〈輝く女性の活躍〉と受け取るか、
〈ゆとりのない貧しい生活〉と受け取るか。
ハムレットではありませんが、それが問題なのです。
ではでは♬(^_^)♬
8 comments
カインズ says:
9月 30, 2015
「ミュージカルで散財しちゃったから、その分残業しないと……」とでもいった感じで何とも夢の無いCMですね。『僕たちは戦後史を知らない』の177頁で言われている、日本人は生きがいを感じさせない芸術作品を好むということが思い出されました。共感を呼びすぎて、ミュージカルに使うお金があるのなら、将来のために貯金しないととならなければ良いのですが。
SATOKENJI says:
9月 30, 2015
まあ制作側の意図としては、「ミュージカルで感動し、あらためて仕事にもやる気が出た」と言いたいのだと思います。
Guy Fawkes says:
9月 30, 2015
世代へのレッテル貼りや一種の責任転嫁・ヘイトスピーチであることを承知の上で申し上げれば、
所謂「戦後復興」を成し遂げた世代の方々は、次世代への系譜を継続させるという事について
あまりにも無頓着であったように思えます。
翻って男性の側を鑑みると、70年代から後の世代は権威や権利を取り上げられた一方で
義務や責任は以前として負わされたまま。
消費税の創設もあるのでしょうが90年代からの自殺率の急激な上昇、格差拡大と貧困。
結論から言って「不全(公序良俗の観点から◯◯◯とは表現しません)」である連中が
さも性的ポテンシャルに溢れた「絶倫」として振る舞い、
自分達の息子達(次世代)を精神的に去勢ないしは閉経する。
だが、そこで後の世代が性的なアイデンティティーを奪還せんとすると
体制側に存在する大多数の『偉大なる兄弟』によって利用され、走狗と成り果てる。
お互いに主体性が存在しない以上、自明の理であり、正に『ご破産のパラドックス』
「ゆとり」の喪失(その当事者が「ゆとり世代」であるのがミソ)とは、
あからさまな自明の理というかマッチポンプの様に感じられるのです。
…ところが体験談なのですが、『セキストラ』や『永続敗戦論』の白井先生が引用された
『家畜人ヤプー』を近現代日本の風刺としての考察を、とある外国の友人に伝えたら
「自分達を誤魔化して幸せなフリをしているという割には、私達には君等が酷く羨ましく感じるね」
「仮に自虐や謙遜でそう言ってるのなら、それはその時点で傲慢だよ」
苦笑交じりにこう言われた私もまた苦笑で応えるしかありませんでした…
我々は「家畜人」と形容するには要領が良すぎて、先々月のシンポジウムで西部先生が仰っていた様に
「サイボーグ(ゴジラならぬ震災スカイネット!)」なのかもしれません…
…長文を大変申し訳ありません、おこがましくも『震災ゴジラ』への修正の様に形になってしまいました。
でうい says:
9月 30, 2015
更新に遅れて気づきました。
ブログ、いつも楽しみにしています。
佐藤さんが元気になれるようお祈りしています。
fujio says:
9月 30, 2015
佐藤さんの元気なお姿を拝見できる日が待ち遠しいです。
女性こそ幸福であってほしいと総理大臣は言えないのでしょうか。言ってほしいなぁ。
yo1 says:
10月 3, 2015
ゆとりのない貧しい生活を脱したい。。
その処方箋は何でしょうか?
學天測 says:
10月 4, 2015
やりようしだいでしょう。
組織化により生産性があがるならゆとりは増えます。
机上ではね。この数十年の実践を思い出せば
佐藤さんの悲観的な気持ちもおもいっきり理解できますが・・・。
SATOKENJI says:
10月 4, 2015
今後、そうなることを期待しましょう。
ただ過去20年、ゆとりが失われる傾向にあったことは事実だと思いますよ。