1989年、
「グランドホテル」というミュージカルがブロードウェイで上演されました。
原作は1929年に発表された
オーストリア出身の女性作家ヴィッキー・バウムの小説
「MENSCHEN IM HOTEL」(ホテルの人々)。
1932年にはMGMが映画化し、
第五回アカデミー最優秀作品賞を獲得しています。
日本ではまず1991年に
ブロードウェイのツアー・カンパニーが来日公演を行いました。
その後、1993年に宝塚(月組)が上演。
2006年と2016年には
宝塚以外でも上演されています。
そして今年、
宝塚版「グランドホテル」が24年ぶりに再演されることに。
ふたたび月組がやっています。
ブロードウェイ・キャスト盤のCDです。(↓)
で、この宝塚版を先週観てきたのですが・・・
いや、びっくりしました。
何にびっくりしたかというと、
内容の現代性にです。
「グランドホテル」は1928年のベルリンを舞台に
ある豪華なホテルに集まった人々を描く群衆劇。
MGMの映画版がつくられた1932年当時、
このような作劇は非常に新鮮で、
「グランドホテル形式」という言葉が生まれたりします。
たまたま同じ場所に居合わせた
本来は無関係な人々の物語を
互いに同時進行させる、というアレ。
パニック映画などでもよく使われる手法ですね。
しかし1928年と言えば
世界恐慌の前年。
しかもドイツでは
わずか5年後の1933年、
ヒトラーが合法的に全権を握ってしまうのです。
ヴィッキー・バウムの原作は1929年に発表されていますので
世界恐慌やヒトラー台頭を踏まえて書かれたものではありません。
ただしバウムはユダヤ人であり、
1932年には家族とともにアメリカに移住しているくらいですから
何か予感はあったかも知れません。
しかもミュージカル版は1989年初演です。
これらの点が意識されないはずはない。
ホテルに集った人々の人間模様の背後には
〈まもなく繁栄や平和は失われ
1939年の第二次大戦にいたる
後戻りできない流れが始まる〉
という、切ない緊迫感がこめられているのです。
実際、物語のナレーターを務める
オッテルンシュラーグという人物は
医師ですが、義足のうえ片目。
CDのブックレットには「COLONEL DOCTOR」と書かれているので
医者は医者でも
第一次大戦で負傷した軍医と思われますが、
劇の冒頭、彼はこう語ります。
ベルリンのグランドホテル。
いつもと同じように、人々はやってきては去る。
ご覧の通り、優雅な生活を享受しながら。
だが、残り時間はどんどん少なくなってゆく。
そりゃそうでしょう。
来年には経済が崩壊し、5年後にはナチスが国を支配するのです。
しかもオッテルンシュラーグが語り終えると
舞台にはベルリンの労働者たちが登場、
豊かなやつらは豊かだが
オレたちは無一文だ!
と怒りをぶちまける。
社会的な格差が拡大したあげく
不満が爆発寸前になっているのですよ。
とはいえこれは、
約90年後にあたる現在の世界の状況にも
通じるものではないでしょうか?
1920年代も経済は自由主義全盛でした。
ついでに主役級で登場するオットー・クリンゲラインという人物
(ユダヤ人で、おまけに会計士!)など
国境や国籍を無視してウォール街の株に投資、
一晩で16ポイント上がった、大もうけだ♬
と喜んだりしているのです。
おいおい、それってバブルじゃないか。
あんたの株、来年10月には16ポイントどころか、
76ポイントぐらい落ちるかも知れないぞ・・・
いや、宝塚の舞台で
ここまで世界の現状をえぐった作品に出くわすとは。
だてに100年以上続いてるわけではありませんね。
ちなみに「グランドホテル」のラストでは
ホテル従業員の一人に男の子が生まれます。
それはいいのですが、
台詞によれば
従業員の妻(つまり生まれた子供の母)の名はグレートヒェン。
そう、「ファウスト」で赤ん坊殺しをやらかした娘の名と同じです。
となるとこの場面は
ドイツがもうすぐ悪魔に魂を売り
自国の若い世代を殺しにかかる
ということを表しているのではないのか?
だめ押しというべきか、
父親になったばかりの従業員は、
赤ん坊にたいして
電話越しにこう告げる。
お前は全てを手に入れるさ、約束するよ!
そう、ドイツの民衆はヒトラーを熱烈に支持したのです。
これが現代の状況に通じているとすれば
あるいは、もしかして・・・
だ・か・ら
『右の売国、左の亡国』と言うのですよ!
ではでは♬(^_^)♬
5 comments
メフィスト says:
3月 30, 2017
宝塚初演は涼風真世さんのサヨナラ公演でした。今でも一番好きな作品です。
SATOKENJI says:
3月 30, 2017
カナメさん、フェリックス男爵かと思ったらオットーだったんですね。
たしかにノンさんの方が男爵の役に合っているとは思いますが。
しかし、ユリさんがラファエラというのがスゴい!
ちなみに今回も、オットー役のミヤちゃんが光っていました。
(※)宝塚を知らない人のための注
カナメさん=涼風真世
ノンさん=久世星佳
ユリさん=天海祐希
ミヤちゃん=美弥るりか
ヅカでは役者を愛称で呼ぶのです。
メフィスト says:
3月 30, 2017
宝塚的には番手無視でしたが、皆さんはまり役でした!
今回の千秋楽はカナメさんノンちゃんよしこちゃんで一緒にご観劇されたそうです。
美弥さんは、当時カナメさんのファンクラブでガードをされていて、
その方のサヨナラ公演の役を演じて、それを客席で本人が観てくれる!すごい運命ですよね。
SATOKENJI says:
3月 30, 2017
それはすごい!
100年以上続いた劇団ならではです。
ちなみに私、2009年〜2011年にラジオのDJをやりましたが
当時、雪組を退団したばかりのユミコさんを
スペシャルゲストでスタジオにお呼びしたことがあるのですよ。
ちょうど、ツレさまの「COCO」が再演となり、
ノエル役をワタルくんから引き継いだ時のことでした。
とはいえオッテルンシュラーグは、
ソルーナさんがやったらスゴかった気が・・・
今回はハッチさんでしたからね。
(※)ふたたび、宝塚を知らない人のための注
ヨシコちゃん=麻乃佳世
ユミコさん=彩吹真央
ツレさま=鳳蘭
ワタルくん=湖月わたる
ソルーナさん=磯野千尋
ハッチさん=夏美よう
なおメフィストさんの言う「番手」とは、
各組の中の役者の序列のことです。
ふつうはこれで配役が決まるのですが、
「グランドホテル」初演は序列と役の大きさが
必ずしも一致しなかったのです。
玉田泰 says:
4月 23, 2017
ウーム、確かに予兆的、正に「世界の現状をえぐった」かのような舞台なんでしょうね。
宝塚かぁ、何か乙女の園という感じで、僕のようなおじさんには敷居が高いような…?