石原裕次郎さんといえば、

むろん戦後日本を代表する大スター。

 

もうなくなってしまいましたが、

都内某所にはこんな店があったくらいです。

 

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ちなみに平松禎史さんも

この店についてはご存じでしたが、

それは別の話でしょうね。

 

しかるに裕次郎さんがデビューを果たしたのは、

1956年、兄の小説「太陽の季節」が映画化されたことがきっかけ。

ボクサーの役で出演したのです。

 

この年の「経済白書」には、

「もはや戦後ではない」という有名なフレーズが出てきます。

戦災からの復興需要が経済を引っ張る時代は終わり、

技術革新と輸出促進で経済を引っ張る時代が来たという意味。

 

「 経済成長=生活水準の向上」という等式が、

ストレートに成立する時代が来たとも言えるでしょう。

復興需要が経済を支えているかぎり、

経済が成長しても、生活水準が戦前のレベルをクリアーすることはありませんからね。

 

石原慎太郎さんはいみじくも

1955年を「日本零年」と呼びましたが、

1950年代後半から1970年ぐらいまでは

「戦後」そのものの青春期だったのだと思います。

そして石原兄弟は、それを体現する存在だった。

 

昨日もご紹介した裕次郎の碑には、

こんな言葉が刻まれています。

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太陽の季節に実る

狂った果実たちの先達

石原裕次郎を偲んで 。

 

「狂った果実」も慎太郎さんの小説(1956年発表)で、

裕次郎さん主演で同年、映画化されました。

まさに青春の思い出なんですね。



しばらくすると、

碑の向こうに広がる海へと

太陽が沈んでゆきました。

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ヘミングウェイではありませんが、

果たして日はまた昇るのか?

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ではでは♬(^_^)♬