「戦争責任」に該当する言葉は

本来、英語には存在しない。

 

War Responsibility という表現が

まったく使われないわけではないが、

それは「戦争責任」という日本語の英訳として

位置づけられています。

 

つまりは布団が futon となり、

ラーメンが ramen となるのと同じことですね。

(注:ホットドッグにあらず。どちらの表現も実際に使われています)

 

ここまでが昨日の話。

 

つまり「戦争責任」という概念は

戦後日本特有のものである可能性が高いのですが・・・

 

ちょっと考えてみましょう。

 

日清戦争の戦争責任(どちら側にあるかは別として)という表現、

聞いたことがありますか?

 

日露戦争の戦争責任はどうか。

 

あるいは、ベトナム戦争に関するアメリカの戦争責任とか。

イラク戦争なんて、かなり責任が重いと思うんですが。

 

クリミア戦争の戦争責任(という概念)は存在するか。

普仏戦争はどうだ。

アヘン戦争は、朝鮮戦争は?

 

してみると、戦争責任という概念は

たんに戦後日本でのみ存在しているだけでなく、

いわゆる「昭和の戦争」に関してのみ適用される概念

らしいのです。

 

これは非常に興味深いポイント。

 

というのも、ネットで検索したところ

日本、および「昭和の戦争」以外に

戦争責任という言葉が用いられたケースが

じつは一件だけあるのです。

 

ところがこれも、第二次大戦がらみ。

フィンランド戦争責任裁判

(War Responsibility Trials in Finland)です。

 

第二次大戦当時、ロシア(当時はソ連)に攻め込まれたフィンランドは

これに対抗すべく枢軸側につきました。

ただし結局はロシアに圧倒され

1944年に休戦。

 

そして休戦条約には

フィンランドは連合国と協力して、

戦争犯罪人を拘束、裁判にかけるものとする

という規定があったんですね(第13条)。

 

この条項に基づき、

当時の国家指導者をフィンランド人がみずから裁いたのが

フィンランド戦争責任裁判です。

被告は8名。

 

もっとも判決は、

一番重いもので懲役10年、

あとは懲役2年〜5年が大部分だったので

絞首刑7名を出した東京裁判と較べれば

相当に軽いのですが。

 

とまれ「戦争責任」という概念は

第二次大戦の枢軸側にのみ適用されるものなのです。

つづきはまた明日。

 

ではでは♬(^_^)♬