さて、

「復活の日」におけるウイルスMM88の蔓延は

どうやって終息するか。

 

ちょっとネタバレになりますが、

50年前に発表された小説なので

よしとして下さい。

 

地震によるARSの誤作動を食い止めるべく

南極から対策チームがワシントンに向かいます。

移動手段は潜水艦。

 

でなきゃダメなんですよ。

エボラと違って、MM88は空気感染するんですから。

 

しかしタッチの差で手遅れ。

ARSは作動し、

ミサイルは発射されてしまいます。

 

だが、これが逆に人類(の生き残り)を救う。

 

核爆発によって生じた放射線によって

MM88は死滅したのです!!

 

・・・今にしてみると

MM88が死滅したところで

いわゆる「核の冬」

(核爆発によって巻き起こった煤塵が

分厚い雲となって地球を覆うことで生じる寒冷化)

が到来するため

 

どのみち人類は滅びるんじゃないかという気もしますが、

小説が刊行された1964年はもとより、

映画が公開された1980年でも

「核の冬」をめぐる議論は

まだ、なされていませんでした。

 

というか、

本当にシビアな発想をすればですな。

 

人類のほとんどが死滅した時点で

MM88も(実質的に)死滅するはずなのです。

 

ウイルスにとって、人間はエサ。

エサがなくなれば、ウイルスも生きてはいられません。

 

そこにARSの誤作動で

地上に「核の冬」が訪れるとすれば

人類は二度にわたって、自分の首を絞めただけ

ということになるのではないでしょうか?

 

・・・いえ、これは単なるツッコミにすぎません。

半世紀前の時点で

あれだけのヴィジョンを小説にまとめた

小松左京さんの偉大さ、

そして『復活の日』の素晴らしさは不滅です。

 

疫病による人類存亡の危機を描いた作品には

マイケル・クライトンの「アンドロメダ病原体」

スティーブン・キングの「ザ・スタンド」などもありますが、

どれも「復活の日」以後に書かれたもの。

ついでに小松作品の持つ深みはありません。

 

エボラ出血熱のアウトブレイクをめぐる報道に接するたび

同作品の名台詞が思い起こされるくらいですので。

 

どんなことにでも終わりはある、

どんな終わり方をするか、だ。

 

念のため申し上げておきますが、

これはMM88の流行をめぐるコメントです。

 

現政権、

および同政権をなりふりかまわず支持する人々の

行く末に関するコメントではありませんので、

そこのところ、よろしく!

 

ではでは♬(^_^)♬