きたる6月20日に刊行される

藤井聡さんとの共著

『対論 「炎上」日本のメカニズム』

(このタイトルで決まりのようです)

について、

仕上げ作業に追われていたら

ふたたび記事の間隔が空いてしまいましたm(_ _)m。

 

この本については、文春新書の編集長が

「良い作品が出来た!」と喜んでいるとのこと。

あと一ヶ月です。乞うご期待!!

 

それはさておき。

 

日本を代表する名優の一人である日下武史(くさか・たけし)さん

さる16日、

静養先のスペインで誤嚥性肺炎により亡くなりました。

享年86。

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

日下さんは1953年、

浅利慶太さんらと劇団四季を結成。

 

浅利さんが回想録『時の光の中で』で述べているところによると、

劇団結成を最初に思い立ったのは

じつは日下さんと、

役者仲間の水島弘さん(故人)で、

浅利さんはなんと、そのころは芝居をやるのが少しイヤになっていたとのこと。

 

で、日下さんと水島さんは浅利さんの家を訪れ、

「やろうよ、やろうよ」と口説き落としたのだそうです。

浅利さんいわく、

二人に散々説得されて参加しましたから、

僕はナンバースリーなんです。

 

ただし日下さんはこの出来事をまったく覚えておらず、

あまりにおもしろいから、作り話じゃないかと思っているんですけれど

とコメントされていました。

 

以後、四季の看板俳優として、

60年にわたり活躍。

「はだかの王様」や「赤毛のアン」など

ミュージカルにも出演していますが

日下さんの真骨頂と言えば、やはりストレートプレイ(ふつうの芝居)でしょう。

 

私が観たかぎりでも

『ヴェニスの商人』のシャイロック

『ハムレット』のクローディアス、

『エクウス』の精神科医ダイサート、

『ブレイキング・ザ・コード』の数学者アラン・テューリング、

『オンディーヌ』の水界の王、

『女房学校』のアルノルフ、

『オーファンズ』のハロルド、

『この生命誰のもの』の早田健、

『ひかりごけ』の船長など、

本当に名演ぞろいでした。

 

日下さんの演技の偉大さは、

一言で要約すれば、

まったく演技していないように見えること。

 

『エクウス』『ブレイキング・ザ・コード』『オーファンズ』といった

現代劇ではとくにそうなのですが

何気なくふらりと舞台にあがってきて

その場で思いついたことを

ぼそぼそとしゃべっているようにしか見えないのです。

 

しかし、

その場で思いついたようにしか見えない言葉が

みごとによどみなく流れ、

ぼそぼそとしゃべっているようにしか思えない声が

客席の最後列までしっかり届く!

 

すなわちこれは

演技術をきわめつくしたがゆえに

完璧な自然さの印象を与えるにいたった名人芸

なのです。

 

技巧の極致とは、技巧など何も存在しないかのごとく思わせる領域にいたることだ、

そう言い替えてもいいでしょう。

 

実際、舞台裏での日下さんの精進は恐るべきものだったようで、

「長い台詞なんて、どう言えばいいか分かるまでに一日かかる」

とおっしゃっていたのを覚えています。

台詞ひとつで一日ですぞ。

 

その意味で惜しまれるのは

劇団四季が

オリジナルの優れた新作ストレートプレイ公演活動の中心に据える

という創立当初の目標を

ついに達成できなかったこと。

 

先に挙げた作品の中でも

日本人が書いた芝居は『ひかりごけ』一本しかありません。

 

『この生命誰のもの』の役名は早田健となっているが?

と思われた方もいるでしょうが、

これはイギリスの作家ブライアン・クラークが書いた芝居を

日本を舞台にする形に脚色して上演したものであり、

したがって翻訳劇です。

早田健も、もともとは「ケン・ハリソン」という名前でした。

 

四季が商業的には大成功しつつも、

創立当初の目標を達成できなった経緯と構造については

『右の売国、左の亡

「劇団四季と戦後の顛末」で論じましたので

ここでは繰り返しません。

 

とはいえ、

かりにこの目標が達成されていたら

日下さんはもっともっと活躍されていたのではないかと思うのです。

 

最後に、日下さんの言葉で印象に残っているものを二つご紹介しましょう。

 

一つ目は、

加藤道夫の芝居『思い出を売る男』に出演したときのコメント。

この作品には、

思い出を売ると称する詩人が出てくるのですが

日下さん、こう語ったのです。

 

素晴らしい楽園に住む夢は見たいと思いますが、思い出はすべて忘れたいと思います。

 

そして二つ目はこれ。

 

人間、役者になりたいと言い出さなければ、本当に道を誤ったことにはならないよ。

 

日下さんが「本当に道を誤った」ことに感謝し、

素晴らしい楽園に向かわれたことを

あらためてお祈りいたします。