記事のタイトルは
ロックオペラ「ジーザス・クライスト=スーパースター」の冒頭で
ユダが歌う一節(岩谷時子訳)。
全23曲の2曲目となる
「彼らの心は天国に」(同)という歌の最初の一行ですが
1曲目はインストゥルメンタルの序曲なので、
これが作品全体の最初のフレーズとなります。
(注:「ジーザス・クライスト=スーパースター」に台詞はありません)
私は今、分かるのだ
明日のことがすべて・・・
えらく大きく出たものだという感がありますが、
劇中、ユダはジーザスを裏切ったあげく
自分で首を吊って死ぬ。
ところがそのこと自体が
ジーザスを永遠の存在にしようとする神の計らいだったかも知れないのですから
(なにせユダの裏切りがなければ、ジーザスが十字架にかかることもなかったのです)
この人、じつは何も分かっていなかったことになります。
しかるに。
急進的改革を主張する人々も、
しばしばユダのごとき錯覚に陥りがち。
もっと言えば、
1)自分の都合の良いことについては「明日のことがすべて分かる」かのごとく力説し、
2)都合の悪いことについては「やってみなければ分からないじゃないか」と居直る
しょうもない傾向が見られます。
上記のダブル・スタンダートが出てきたら
あとは相手が何を言おうが取り合わないのが正解でしょうね。
これについては、
ものぽーるさんという人が、鋭いツイートをしています。
ご紹介しましょう。
投機やギャンブルの世界でも
「俺には勝ちルートが見えている」とか
「将来が見えた」とか仰る方がいます。
ちなみに、彼らは10年と経たずに、破滅しているケースが多い。
資産形成に成功する人間というのは、こういう類の人達ではない
まったくの正論ですが、
ここでダメ押しのネタを。
名作詞家・岩谷時子さんには申し訳ないものの
私は今、分かるのだ、明日のことが全て・・・
という訳詞は
ハッキリ言って、ほとんど完全な誤訳なのです!!
元の英語の詞(ティム・ライス作詞)はこうなっている。
My mind is clear now
at last, all too well
I can see where we all soon will be
直訳すればこうです。
今や頭がスッキリした
ついに分かった、あまりに明らかだ
もうすぐわれわれがどうなるかが見えた
「もうすぐわれわれがどうなるか」とは、要するに
ジーザスを中心とした世直し運動をこのまま続けたら
ローマの弾圧が厳しくなり、かえってイスラエルが滅びてしまう
ということを意味します。
だからこそユダはジーザスを裏切るわけですが・・・
これをどう訳したら
〈明日のことが全て分かる〉とかいう歌詞になるんですかね?!?
これじゃ、ユダが預言者か何かみたいじゃないですか。
いや、歌うための言葉ですから
メロディに乗るようにしなければなりませんよ。
この点に起因する字数の制約はある。
しかし、こう訳したっていいのです。
夢やぶれ、もはや明らか、われら皆の末路・・・
(佐藤健志訳。これでメロディに乗ります)
しかるに面白いのは
私は今、分かるのだ、明日のことがすべて・・・
という岩谷訳と、
夢やぶれ、もはや明らか、われら皆の末路・・・
という私の訳が、
「将来が見えた」とか言う連中は、たいがい10年と経たずに破滅する
という、ものぽーるさんの主張そのままの
コントラストを形成すること。
原詞の意味を正しく伝えているのは、私の訳の方ですからね。
ついでに書いておけば
「彼らの心は天国に」という曲名だって
何のことか分かりますか?
もとの曲名は HEAVEN ON THEIR MINDS.
ジーザスの信徒たちは
天国の夢で頭がいっぱいになってしまい
現実が見えていない、ということなのです。
「天国」を「改革」に置き換えれば
ほかの信徒たちにも当てはまると思いますが、
私なら「救いを信じすぎて」と訳しますね。
ではでは♬(^_^)♬
7 comments
マゼラン星人二代目 says:
5月 19, 2015
>ジーザスを中心とした世直し運動をこのまま続けたら
>ローマの弾圧が厳しくなり、かえってイスラエルが滅びてしまう
などと、自分の卑劣な振舞いを正当化してみせるものの、
それが(古代)イスラエルを護ることに何ら寄与しなかったのは、史実の示す通り。
つまりは、急進的であることと保守的であることのどちらが賢明な選択か、ということは軽々には言えない、ということ。
(ちなみに、今回の大阪の住民投票の結果については、「ザマーミロ」と思う派です。真の保守がどう、とかいうよりも、単なる安倍嫌い主義)
マゼラン星人二代目 says:
5月 19, 2015
>(ちなみに、今回の大阪の住民投票の結果については、「ザマーミロ」と思う派です。真の
>保守がどう、とかいうよりも、単なる安倍嫌い主義)
安倍はしっかり学習しているぞ、圧勝ではないのだぞ、いい気になるな、というツッコミは勿論、認める。
たけまん says:
5月 19, 2015
「改革」という言葉。小泉元総理が「改革なくして成長なし」と連呼していたためか、世間一般に「改革」は素晴らしいものだと認識されてしまっているように思います。
確かに「改革」という言葉の意味をネットで検索をかけると、
>[名](スル)従来の制度などを改めてよりよいものにすること。「機構を―する」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/35437/m0u/
>改革(かいかく、英語: reform)とは、ある対象を改め、変化させること。革命とは異なり、現時点での基本的な体制を保ちつつ、内部に変化を作ることをいう。変革(へんかく)とも呼ばれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E9%9D%A9
と良い意味で出てきます。
これまでの橋本元総理、小泉元総理による構造改革。例えば派遣労働者の問題では、少しずつ対象業種の範囲を広げてきたという意味においては、そこまで急進的とはとれない「改革」だと思うのですが、正規社員になろうとしている人間にとっては「改悪」に思えるでしょうし、雇う側にとっては、短期的視野で見た場合では経費削減という意味でメリットとなるのでしょうが、長期的視野で見た場合では消費者の購買力の低下に繋がりデメリットと解釈出来そうです。
そもそもこの「改革」という言葉の意味がおかしいのではないでしょうか?もしくは、この「改革」という」言葉を使う側が悪意というか、人々を騙すつもりで使っているのでしょうか?
以前、佐藤さんは「言葉の乱れは政治の乱れ」と仰られておりましたが、この「改革」という言葉も乱されてしまっているのではないでしょうか?
佐藤さんの 「フランス革命の省察」のP.22に」おいて、
>しかり、急進的改革とは、ただやるだけならバカでもできる。急進的改革を成功させるとなれば別だが、急進的改革が切実に必要とされていればいるほど、「はたしてうまくいっているのか」をめぐる判断は狂いやすい。理由は簡単、「うまくいってほしい」という願望が人々の目を曇らせるからである。
とありますが、急進的でない「改革」も今の現代では被害の大小あるでしょうが、「急進的改革」と似ている意味で使われているのではないかと思います。
どちらかというと辞書の「改革」の意味は「改善」という意味合いが強いのではという思いでおります。
たけまん says:
5月 19, 2015
追記です。 三省堂国語辞典アプリでは、
>改革 制度・組織を根本的に変えること。「行政-」
とありますので、これですと私が思っていた「改革」の意味と合致します。
akkatomo says:
5月 19, 2015
これに対する反論は「じゃあ、俺の晩飯言ってみろ」など、個人の意思で如何様にも変化する問いを投げればいいです
たかが個人の晩飯すら意思決定するまで何になるか解らないのに、如何して全ての事が分かるというのでしょうね
>>改革と改善
善、としてしまうとそれ自体倫理的判断が差し挟まれて都合が悪いのでしょう
労働者にとって状況は悪くなる一方じゃないかと言われて反論できなくなります
だから、善ではなく革なのでしょう。こちらならタマネギ宜しく幾ら向いても答えが出ない
アッ、これも全体主義なのか。そうか、改革主義者てラッキョウかタマネギみたいな奴らなのかもしれませんね。
たけまん says:
5月 19, 2015
確かに改善は使いにくいですね(^_^;)
ただ、「改革」も辞書によっては改善の意味に近いものがあることが問題ではないかと。
いわゆるB層は「改革」すれば良い方向に進むと思っているでしょうから、それに対して、「改革」の意味を知っているかと問いかけたところで、「辞書には良いものは残して変更するべき所を変更して良くする。と書いてあるじゃないか」と返されると、三省堂の辞書にはそう書いてない。と説明したところで、説得力にかけてしまう訳です。。。。
辞書もわざとメーカーによって意味を変えてるのか?と疑ってしまいそうです。
john doe says:
5月 20, 2015
申し訳ございません。https://kenjisato1966.com/決定的瞬間というものは/
https://kenjisato1966.com/出口なるものをめぐる考察/
上記の二つの記事でコメント欄にてJANE DOEの名前で投稿したものですが、正しくはJOHN DOEでした。
どうも引っかかるなと思っていました。最近ネット回線の切り替え工事もしたものですから、IPアドレスも変わっていると思います。大変失礼しました。