ヴィリー・フーバーさんの公式サイトの冒頭には、

こんなことが書かれています。

 

Willi Huber will be quick to convince those of you,

who believe that only folk music can be played on a zither,

that this is indeed not so.

 

チターなど、民謡を演奏するためだけの楽器でしかないと信じ込んでいる諸君、

ヴィリー・フーバーの演奏を聴きたまえ。

そんなことは全然ないと、すぐ分かるはずだ。

(注:これは英語から私が訳したものです。同サイトの日本語版の文章とは異なります)

 

サイトそのものをご覧になりたい方はこちらをクリック!

 

チターとは16世紀ぐらいに誕生した弦楽器で、

ドイツ南部、オーストリア、スイスなどでよく演奏されます。

 

だからこそ「民謡向け」のイメージもあるのですが・・・

サイトの文章にいつわりなし。

 

昨日の記事「国境を越える音楽」で紹介したCD「バリエーションズ」の収録曲は、

さまざまなジャンルから選ばれています。

クラシックもあればポップもあり、

タンゴもポルカもサンバもある。

 

そしてもちろん、映画「第三の男」の有名な主題曲も。

(注:ご存知の方も多いと思いますが、同曲はチターによる映画音楽の代名詞ともいうべきものです)

 

それどころかフーバーさんのチターの音色すら、

曲によって違って聞こえるのです。

 

あるときはギターのように、

あるときはベースのように、

そして「さくら さくら」「浜辺の歌」のような

日本の曲を弾いているときは琴のように。

 

にもかかわらず、どの曲も

ヴィリー・フーバーのチターによるもの

としか形容しえない一貫性を持っている。

 

とくに驚いたのは、アルゼンチンタンゴの巨匠、アストル・ピアソラの代表作

「リベルタンゴ」が収録されていたこと。

 

この曲はさまざまなアーティストによってカヴァーされていますが、

タンゴである以上、

バンドネオンか、少なくともアコーディオンは編成に加わることが多い。

 

素晴らしいジャズ・バイオリニスト、寺井尚子さんも

アルバム「オール・フォー・ユー」に「リベルタンゴ」を入れましたが、

ここでもアコーディオンの音色が、寺井さんのバイオリンにからんでいた。

 

塩入俊哉さんが、アルバム「ピアソラ新基準」に収めたバージョンのように

ピアノとチェロという編成で演奏された例もあるものの、

「ピアソラ新基準」自体には、塩入さんによるアコーディオン演奏が入っています。

 

しかるにフーバーさん、どういう編成でやったか。

チターとハープ!!

ヨーロッパの民謡か、クラシックの室内楽という感じの組み合わせです。

 

これでピアソラの情熱的な憂愁が出せるのか?!

 

・・・出せるんですね。

 

ラテン的でありながらドイツ的という、

ふたたび国境を越えた演奏になっていました。

「さくら さくら」のときもそうでしたが、

南米の音楽家には、逆にこういう「リベルタンゴ」はできないでしょう。

 

つまりフーバーさん、

ドイツ人としての自分の文化的感性に忠実でありつつ

異なる文化と融合する

という離れ業をやっているのです。

 

国境や国籍にこだわらないのではなく、

国境や国籍にこだわったまま、国境や国籍を超える。

その秘訣はどこにあるのか?

 

フーバーさんがメールに書いてくれた言葉が、

理解のヒントになりました。

いわく、

 

チターにはどんな音が出せて、

どんな表現が可能なのか、

それを探るのは、私にとって終わりなき挑戦なんだ。

 

チターはまだ「若い」楽器だから、

探求すべき領域は本当にいっぱいあるんだよ。

 

太字にした部分にご注目。

冒頭で書いたとおり、チターには5世紀近い歴史があるのです。

日本はまだ戦国時代。

 

フーバーさんによると、

 

今のような形状のチターが発達したのは19世紀初頭で、

弦の張り方が最終的に確定したのは19世紀末

 

とのことですが、これだって江戸末期〜明治時代です。

そんな楽器が、まだ探求すべき領域がいっぱいあるくらいに若いとは!!

 

ならばチターの可能性をめぐる探求は、まだまだ数世紀は続くはず。

フーバーさんが「終わりなき挑戦」と語ったのも当然のこと。

彼の視点に立つかぎり、生涯をかけてチターの演奏をきわめたところで、

楽器のポテンシャルを知り尽くせないのです。

 

このようなスケールの大きい歴史感覚こそ、

「国境や国籍にこだわったまま、国境や国籍を超える」演奏を可能にした秘訣ではないでしょうか。

 

誕生いらい500年の歴史があり、

現在の形状が確立されてからでも100年以上経つとなれば、

ふつうは「確固たる歴史や伝統を持つ楽器」と考えたくなるところ。

 

でも、フーバーさんはそうは考えない。

 

いいかえれば彼にとって、チターの歴史や伝統は

すでに出来上がったものではなく、これからも成長を続けるものなのです。

 

事実、フーバーさんが現在使用しているチターは

2007年に作らせた特注品で、

音の響き(とくに低音部)を強めるべく、通常のチターよりも50%大きくなっているのだとか。

表現の可能性を探究すべく、楽器そのものを進化させているわけです。

 

歴史や伝統もまた成長する。

とすれば、何が歴史や伝統の「内部」に位置するもので、

何が「外部」に位置するものかという境界も、

たえず変動する可能性を秘めていることになります。

 

フーバーさんの演奏は、この境界をめぐる探求にほかなりません。

だからこそ、自分の文化的ルーツに忠実であることと

異なる文化と融合することが矛盾しなくなるのでしょう。

 

ヴィリー・フーバーさん、来年の5月ぐらいにふたたび来日するとのこと。

ぜひ会いたいというメッセージをいただいています。

 

このサイトも時折、見てくれているという話なので、

彼へのメッセージを記しておきましょう。

 

Dear Mr. Huber:

I believe the readers of this blog will be convinced of the brilliance of your artistry,

which enables you to transcend cultural borders while being true to your roots.

In a world increasingly filled with trans-cultural conflicts,

your music inspires the hope that some harmony may yet emerge.

Wishing you every success, and looking forward to see you again in Tokyo!

 

親愛なるフーバー様

この記事を読んでくれた方々は、あなたが偉大な音楽家であることを納得してくれるに違いありません。

自分の文化的ルーツを保ちつつ、異なる文化と融合できるのは、

真に優れた芸術家の証しです。

現在の世界は、さまざまな文化圏の間の対立・紛争が激化していますが、

あなたの音楽は、いずれはその中からも調和が生まれるのではないかという希望を与えるものです。

ますますのご活躍を。

そして東京での再会を楽しみにしています!

 

最後に、「さくら さくら」や「浜辺の歌」、

さらには「早春賦」や「ゆりかご」といった

数々の日本の曲が収録されたCD

「カラーズ・アンド・ストリングス」のジャケット画像をどうぞ。

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ではでは♬(^_^)♬