5月5日のブログでもご紹介した

「間違いだらけの少年H」についてもう少し。

 

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この本、

重箱の隅をつついているようなツッコミもけっこうあるのですが

著者の山中恒さん、および山中典子さん(ご夫婦です)が真に主張したかったのは

たんに「『少年H』には事実関係の間違いが多い」ということではありません。

 

それらの間違い(のかなりのもの)は

たんなる思い違いとか、うっかりといった性格のものではなく

「あの時代、ほとんどの日本人は政府や軍部にだまされていたが

自分と自分の家族だけは真実が見えていた」

という自己正当化をなすための

意図的なねじ曲げではないか? と問題提起されているのですよ。

 

例を挙げましょう。

「少年H」上巻、「十二月八日」の章には、以下の記述があります。

 

Hと仲の良い友だちも、ほとんどの者が

「アメリカと戦争をしたら日本は勝つ。

アメリカ人には大和魂があらへんからな。

早よう宣戦布告したらええのに」

といっていた。Hは、

「大和魂だけで勝てるのか?

アメリカは天まで聳(そび)えるビルがぎょうさん建っている国やで。(中略)

軍艦も飛行機も物凄くあるそうやで」と、

反論したかったが黙っていた。

(講談社文庫版、292〜293ページ)

 

山中さんいわく。

 

まるでHと仲の良い友だちは、

アメリカについては、ほとんど無知だと小馬鹿にしているようであるが、

この程度のことは、

なにもHの専売特許ではない。

日本中の国民学校の五年生なら、だれでも知っていたことなのである。(中略)

そのころどこの家庭でも転がっていた

野ばら社の「児童年鑑」には、

日本を除く列国の陸・海軍力の比較図が掲載されており、

アメリカの軍事力がどれほど強大なものであるかは、

子どもでも一目瞭然でわかる仕掛けになっていた。

(「間違いだらけの少年H」、456ページ。表記を一部変更)

 

ここを押さえておかないと

国力には格差があると承知していながら

なお「勝てる」と(良くも悪くも)思ったことの意味合いが分からなくなり

Hの友人たちが何も知らないただのアホに見えてしまうわけです。

 

たんに事実に反しているだけでなく、

それが自分を賢く見せるためになされている(としか思えない)ことが

山中さん夫妻には引っかかるわけですね。

 

しかるにですな。

「少年H」をどう評価するかはさておき、

自己正当化のための脚色というのは

何気に重要なポイントではないでしょうか。

 

昭和前半期に日本が行った戦争、

通称「あの戦争」を取り上げる際には、

イデオロギーの左右を問わず

「あの戦争を取り上げる自分」の正当性をアピールしなければ!

という心理が働くようなのです。

 

これについては、さらに考えてゆきたいところですが、

最後に面白いエピソードを。

「少年H」の同じ章には

日米開戦の直前に行われた外交交渉をめぐり、

日本軍部が「それでは日本が(日中戦争で)得たものを全て失う」と猛反対して決裂した

という趣旨の記述があります(297ページ)。

 

山中さんいわく。

 

いつ日本軍部なるところが、そんな反対理由を述べたのか?

日本軍部とは具体的にどのセクションを指しているのか?

(「間違いだらけの少年H」、462ページ)

 

「日本軍部」は原文でもゴチックになっていました。

たしかに「軍部」ならまだしも、

「日本軍部」となると語感からして少々変ですね。

 

ではでは♬(^_^)♬