『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』

のキーワードとしては、

キッチュがまず挙げられますが

それに続くものとして

TINA(ティナ)があります。

 

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There Is No Alternative

(他に選択肢はない)

の頭文字をつないだもので、

往年のイギリス首相、マーガレット・サッチャーの愛用した言葉。

 

あまり頻繁に口にするので

ついにはサッチャー本人を「ティナ」と呼ぶ政治家まで出てきたそうです。

 

ちなみに安倍総理

米議会演説「希望の同盟へ」で、このフレーズを使いました。

 

しかし、TINAには困った副作用がある。

もし本当に「他に選択肢はない」んだったら

異論に耳を傾ける意味はありません。

 

よってTINAを信奉する人間は

意見の異なる相手と議論をしなくなる。

間違っているのは向こうに決まっていると考えるからです。

 

つまりTINAも

じつはキッチュの一形態なのですが・・・

 

一昨日の記事

「泥沼化する東京五輪、または〈言い訳キッチュ〉の横行」について

GUY FAWKES さんから、こんなコメントが来ました。

 

明日の震災五年目を前に昨日こんな記事を拝見しました。

「震災5年、防潮堤の予算っていくら? 総延長400キロの巨大事業」
・10メートルは適切か、見直し議論も
防潮堤の高さをめぐっては、

宮城の三陸沿岸を中心に各地で反対が起きています。

地元などから出た批判を受けて、

専門家が集まる土木学会はまちづくりや景観を考慮した

見直し作業を進めています。

学会の提言が出れば、国土交通省も検討に入る予定です。

 

学会は2014年秋、

「(防潮堤などの)津波対策は、地域の社会経済活動を支えるために行われる」として、

新しい技術や制度を検討する「減災アセスメント小委員会」を設置。

海岸工学者にまちづくりの専門家が加わり、勉強会を重ねてきました。

防潮堤は、高ければ高いほど災害リスクは減ります。

一方、建設費は膨らみ、海の見えない防潮堤がまちの活性化を阻む場合もあります。

 

GUYさんによれば、

 

フェイスブック等のコメントを見ると、

賛成する人々は「命には替えられない」

「喉元過ぎれば熱さ忘れる、五年前を忘れたのか!」と叫び、

反対する人々からは「そんなハコモノを作ったところで無駄」

「官民談合の典型的利権! 国民に重い負担がのしかかる醜い震災ビジネスでしかない」

とのご意見…

 

とのこと。

 

ここで紹介されている賛成派と反対派の意見が

そろってキッチュ、ないしTINAに陥っているのは明らかでしょう。

 

防潮堤さえできれば、街が衰退しても良いというのは行き過ぎです。

だいたい「命には替えられない」と言いますが

いかなる防潮堤であれ、

どんな大津波でも防げるわけではありません。

 

他方、防潮堤を作るのがムダであるというのも行き過ぎです。

まして「官民談合の典型的利権」とか

「醜い震災ビジネス」でしかないと主張するのは

行き過ぎを通り越して論外と言わねばなりません。

 

そして厄介なのは

「命には替えられない」

「醜い震災ビジネスでしかない」と双方が構えたら最後、

歩み寄りの余地がなくなること。

 

冷静に整理してみましょう。

防潮堤をめぐる問題の本質は以下の三つです。

1)住民の安全をできるだけ確保する。

2)街の活性化をできるだけ妨げない。

3)建設費用をあまり莫大にしない。

 

この三者を満たす形で、防潮堤の高さを決めれば良い。

建設するか、しないかの二者択一のように考えること自体が間違っているのです。

 

岩手県の達増拓也知事

私との対談「超復興の実務と理想」(「Voice」2014年4月号)で

防潮堤の問題について、こう語りました。

 

岩手県の場合、

県内に135の防潮堤設置箇所があります。

そのうちの20については、

住民の皆さんの意見を取り入れ、

家の土地の嵩(かさ)上げを行うなどの対応を行い、

防潮堤の高さを当初計画よりも低くしています。

 

復興とは

一つ(の目標)を追求して他を犠牲にする

トレードオフの関係ではなく、

安全を確保し、なおかつ生活しやすい住宅の配置や、

漁の仕事に出やすい環境を

可能なかぎり両立させることです。

 

複雑で困難な作業ですが、

諦めずにねばり強いリアリズムで解決に取り組むことで、

われわれは理想を手放さないで済むのではないでしょうか。

(カッコは引用者)

 

まさに至言。

この「ねばり強いリアリズム」を失ったとき、

人はTINAやキッチュに陥るのですよ。

 

そしてそのときには

理想もまた失われてしまっているのです。

 

ではでは♬(^_^)♬