世界初のSF雑誌

「アメージング・ストーリーズ」を1926年に創刊した

ヒューゴー・ガーンズバック

もともと無線機の販売をしていたこともあって、

科学知識の啓蒙に関心が強い人でした。

 

ガーンズバックは1911年

「ラルフ124C41+」

というSF小説を発表しますが

作品の主人公ラルフは天才科学者にして発明家

 

ついでに名前の後についている

124C41+

を発音すると

ワン・ツー・フォア・シー・フォア・ワン・プラス。

 

つまり

ONE TO FORESEE FOR ONE PLUS

(人の福利のために未来を見通す者)

の洒落なのです。

 

むろん、ここで言う「未来を見通す」は

新しいテクノロジーを開発することとイコール。

 

そんな経緯もあって、SFは当初

科学啓蒙(冒険)読物という性格を持っていました。

 

文学的な完成度を追求するよりも

物語の形式を借りて、科学知識を普及させようという次第。

1930年代、アメリカのSF雑誌には

科学豆知識クイズのコーナーがあったとのことですし

旧ソ連などの社会主義諸国にいたっては

国家による科学教育が重視されたこともあって

「SFの目的は、まずもって科学知識啓蒙にあり」と見なす傾向が

いっそう強かったと言われます。

 

その後、SFは独自の文学性を確立し

たんなる読物の枠を超えてゆくわけですが、

科学やテクノロジーのトレンドを反映し、

内容に取り込んでゆこうとする性格は

SFがSFであるかぎりなくなりません。

 

というわけで、こんな本が出ました!

C5pI58_VMAAER-T

 

ご存じILCは

岩手への誘致が進められている

最先端の巨大科学実践施設ですが

それをモチーフに

3人のSF作家が競作したアンソロジー。

 

収録作品は順番に

野尻抱介「新しい塔からの眺め」

柴田勝家「鏡石異譚」

小川一水「陸(くが)の奥より申し上げる」。

 

温故知新と言いますか

SFの原点は

新たな科学やテクノロジーへの興奮や感動にあることを

思い起こしてくれる一冊です。

 

ただし現代のSFは

文学性も持っていなければなりませんので

ILCをモチーフに取り上げる際のハードルも

科学啓蒙読物に徹していれば良かった頃より高い。

 

ILCや

そこで扱われる素粒子物理学は

知的刺激に富んだ興味深いものですが

それがそのまま

文学的な面白さに結びつくわけではないのです。

 

実際、アメリカのSF作家で

名編集者でもあるベン・ボーヴァは、

SFの書き方をまとめた本

「SF作家へのアドバイス」(1981年)で

こう断言しました。

 

未来的なテクノロジーを描写するときは

構造や原理を説明しようとするな。

それがどんな機能を果たすかだけを書くこと。

 

なぜか?

構造や原理の説明が入ると

物語が止まってしまうからです。

 

SFも文学である以上

このアドバイスはもっとも。

とはいえILCのごとく

現実に建設されようとしている施設について

構造や原理を書かずにすませるのも、

興味半減となってしまう。

 

「ILC/TOHOKU」のSF作家たちは

このハードルにどう立ち向かったか?

 

これについては

実際の作品をお読みいただきたいのですが

ネタバレにならない範囲で書いておけば

どの作家も

ILCが本来の目的とは異なる機能を果たす可能性

を取り上げています。

 

「構造や原理を説明せず、機能だけを描写せよ」という

ベン・ボーヴァの教えを

逆手に取る形で応用しているわけですね。

 

ちなみに私が最も気に入っているのは

柴田勝家さんの「鏡石異譚」。

ここではILCが

岩手の民話と結びつけられています。

 

十分に発達したテクノロジーは、魔法と区別がつかなくなる

とは、

「2001年宇宙の旅」の原作者アーサー・C・クラークの名言ですが

素粒子物理学の進展は

民話や神話の世界が非合理的なものではなく、

逆に科学的な根拠を持っていた可能性

指し示すかも知れないのです。

 

ではでは♬(^_^)♬