近所の古本屋で

面白い本を見つけました。

 

山中恒・山中典子共著

「間違いだらけの少年H 銃後生活史の研究と手引き」(辺境社、1999年)。

 

 

「少年H」といえば

ご存じ、妹尾河童(せのお・かっぱ)さんの大ベストセラー。

映画やテレビドラマにもなっています。

 

いちおうフィクションとされていますが

主人公の名前は妹尾肇(せのお・はじめ)。

妹尾さんのかつての本名です。

 

「かつての」と断ったのは、

妹尾さん、1970年にお名前を正式に「河童」に変えたため。

現在は戸籍上も「河童」と記載されているのだそうです。

 

のみならず本の巻末には

主人公の暮らす家(つまり妹尾さんの実家)の見取り図や

周辺の地図、

さらに少年時代の写真まで収録されている。

それも「H(作中での肇少年のあだ名)の思い出の写真」として。

 

つまりはノンフィクション性の強いフィクションなのです。

・・・って、パラドックスじみていますが、

わが国には私小説の伝統がありますので

これはこれで「あり」。

 

ところがですな。

 

山中恒さんに言わせれば

「少年H」はフィクション性の強いフィクションなのだとか。

ひらたく言ってしまえば

事実関係の間違いが随所に見られるのだそうです。

 

で、どこがどう事実に反しているのか

850ページ近くにわたって、えんえん書いたのが

「間違いだらけの少年H」。

 

「少年H」は、上下巻あわせて本文が約950ページ(文庫版の場合)ですから

作品自体に匹敵する分量です。

 

ついでに「少年H」、活字がかなりゆったり組んであるのにたいし

「間違いだらけの少年H」は活字がきっちり詰め込まれている。

もしかしたら山中さんの批判のほうが

妹尾さんの小説そのものより長いかも知れません。

 

・・・ここまで細かい点を突っ込むか?

という感じもあるものの

問題は 「少年H」が、

フィクションと銘打たれたノンフィクション

つまりは事実上の回想録として

広く受け入れられたこと。

 

作者である妹尾さんの昔の写真まで

主人公Hの写真として収録されているのですから、

「作中の少年H=現実の妹尾肇」

と見なされても仕方ないというか、

そう見なされることを前提にしている本です。

 

純然たるフィクションなら

作品のリアリティを壊さないかぎり

嘘があっても良いわけですが

事実上の回想録と位置づけられたフィクション

事実関係の間違いがあったら

やはりまずいでしょうね。

 

ちなみに私のお気に入りはこれ。

 

「少年H」上巻、「軍事機密」の章に

Hが友人と須磨浦公園に行く場面がある。

妹尾さんいわく、

「空は晴れていて入道雲がたちあがっていた」(講談社文庫版、244ページ)。

 

しかるに山中さんいわく。

(この場面は)Hが四年生の三学期、つまり冬なのである。(中略)

Hの住む街の海では、冬に入道雲がたつらしいのだ。

(「間違いだらけの少年H」、223ページ)

 

まあ、なんと申しましょうか・・・

 

じつはノンフィクションだと言われたフィクションが

なんとフィクションだったという

パラドックスに満ちたお話でした。

 

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ではでは♬(^_^)♬

 

<付記> 山中恒さんは児童文学作家。

大林宣彦監督の映画「転校生」「さびしんぼう」(傑作!)「はるか、ノスタルジィ」などの原作者としても知られています。